不安な時代にキリストに従う喜び―「聖書を読む会」の記録〈1〉執筆者:小林高徳/挽地茂男/山本敏彦/川田 殖
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不安な時代にキリストに従う喜び―「聖書を読む会」の記録〈1〉執筆者:小林高徳/挽地茂男/山本敏彦/川田 殖

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川田 殖先生 「聖書を読む会」の記録に寄せて」より: 混迷の時代の中で聖書を読む — 一見何気ないこのいとなみが徹底的になされる時、どんな威力を発揮するか、その事実をこの記録は示している。ここにのせられているマルコ福音書1−2章、ピリピ書1−2章の熟読・探読・身読が通常の注解や説教をはるかに超えた視野と力を与えるのがその証左である。……この学びの企画実行は、……この混迷の時代と世界の中で聖書を読む意義を編者山本敏彦さんは福沢諭吉に学ばれている。同じ思いはルターにもバルトにも内村鑑三にもあったに違いない。その慧眼に脱帽の思いである。とともにこれを実行するに当って、小林高徳、挽地茂男という、こよなき具眼の牧師・聖書学者の欣然たる参加を得、ご自分も国際派の実業人としてその長い豊かな経験のうちにも聖書への深い関心と学びをもってこれに加わり、世にも稀な鼎談というかたちでこのいとなみを進められた。その中でのご自身の問題意識・メッセージの把握・残された課題の呈示はご自身の文章に遺憾なく記され、いわば心ある信徒の代表参加となっている。むろんメンバーはこれに限られるものではないが、出発に必要な最小限の構成としては恐らくこんにち望みうる最上のコンビではないか。……しかし心ある信徒と教職が卓を囲んで、真剣に聖書を学び、心おきなく問題を提起し合い、考え合い、祈り合う集いが、これからもこのような有意義な意見交換・共同作業の中で多くの稔りを生み出すに違いない。……多くの人びとに共有されるようになれば何という喜びだろう。  しかるにいかなるみ心か、神はことし(2017年)10月24日、小林先生を天に召された。収録の文章は先生の絶筆となった。私たちは耐えがたい愛惜のうちにもみ旨を仰ぎ、ここに遺された先生の「キリストの心」を心として生き、苦難をも喜びをもって担われた先生の後に続きたいと祈る。 執筆者 川田 殖(かわだ・しげる)  哲学者、倫理学者。網走市生まれ。1957年、国際基督教大学卒業。 1959年、京都大学文学部哲学科卒業。1964年、同大学院博士課程満期退学。山梨医科大学医学部教授、恵泉女学園園長、2000年から2005年まで、日本聾話学校校長。基督教共助会会員。 主な著訳書:『いまこそ人間教育を』(「いまこそ人間教育を」刊行会、2006)、他。G. E. R.ロイド 著『古代の世界・現代の省察』(共訳、岩波書店、2009)、他。 小林高徳(こばやし・たかのり)  1956年生まれ。東京外国語大学(1980年卒)、東京基督教神学校〈1987年卒〉、米国カルヴァン神学校〈1989年終了、Th. M.新約学〉、セント・アンドリユーズ大学博士課程(1999年終了、Ph. D.新約学)、東京基督教大学学長・新約学教授。日本長老教会神学教師。2017年10月米国にて客死。 業績:「ローマ8章26、27節における祈り―パウロの宇宙的終末論と苦難の中の友情」『福音主義神学』第36号(2005年)、91−110頁、「ヨハネ12章27節におけるイエスの苦悶―「義人の苦難」の週末的・メシア的解釈を中心に」『EXEGETICA』第19号(2008年)51−69頁など。 挽地茂男(ひきち・しげお)  1950年生まれ。東京大学大学院博士課程を経て、現在、日本基督教団千歳丘教会牧師。 主な論文・著書:「マルコ福音書における弟子の無理解の動機」(ペディラヴィウム27号、1988)、「イエスと弟子たち―マルコ福音書における『弟子』の文学的機能をめぐって」(聖書学論集26号、1992)、「『最後の晩餐』の語りの位相―マルコ14:10-26の時制論的考察」(キリスト教学42号、2000)、『図解雑学 キリスト教』(ナツメ社、2005)、『マルコ福音書の詩学――マルコの物語技法と神学』(キリスト教図書出版社、2007)他。 山本敏彦(やまもと・としひこ) 東京生まれ。1966年、慶應義塾大学経済学部卒業、住友銀行入行、調査部、ロンドン支店、ニューヨーク支店、本部を歴任後、1989年退任、ジュネーブ・ロスチャイルド銀行をパートナーとして投資銀行設立、1993年ニューヨーク投資銀行ベアスターンズ日本代表、本社国際投資銀行グループ副会長、ブラックストーン・シニアアドバイザー、2015年山本事務所代表。