フリッツ・ブーリ[著]岡田 聡[訳]・実存の神学
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フリッツ・ブーリ[著]岡田 聡[訳]・実存の神学

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フリッツ・ブーリ[著]岡田 聡[訳] 実存の神学 46 判・168 頁・1,500 円 (+税) ISBN978-4-909871-14-5 C0016 実存の哲学か、実存の神学か? シュヴァイツァー、ヤスパースらから影響を受け、ブルトマン、バルトらとの対決のなか、自らの「哲学的神学」を形成したフリッツ・ブーリ。本邦初訳! 実存の哲学が、一般的な精神史の領域において、遂行しようとするものを、実存の神学は教会における自らの課題と見なしたい。自らの特殊な神学的伝承の土台にこのように自覚的に立脚することに関して、実存の神学は、やはり、自らが実存の神学であって実存の哲学ではないという主張を掲げる。(本書41 頁より) 著者紹介 : フリッツ・ブーリ(Fritz Buri) 20200420_03_021907‐1995 年。スイスの改革派の神学者。いくつかの教会で牧会したのち (1931‐1968 年)、バーゼル大学教授(1968‐1978 年)。シュヴァイツァー、 ヴェルナーに学ぶ。戦後バーゼルに移籍してきたヤスパースに影響を受けて、 自身の「哲学的神学」を形成。国際基督教大学客員教授を務めるなど、日本 との関わりも深い。 著書:『実存の神学』(1954 年、本書)、『キリスト教信仰の自己理解として の教義学』(全3巻、1956‐1978 年、未訳)、『思考する信仰:哲学的神学へ の途上の歩み』(1966 年、未訳)、『真の自己の主としてのブッダ‐ キリスト: 京都学派の宗教哲学とキリスト教』(1982 年、未訳)ほか。論文:「神学と哲学」 (1952 年)、「神学の非神話化か非ケリュグマ化か」(1952 年)ほか。 著書:『ヤスパースとキリスト教:20 世紀ドイツ語圏のプロテスタント思想 史において』(新教出版社、2019 年)、『交域する哲学』(共編、月曜社、2018 年)。論文:„Philosophie und / oder Theologie der Existenz. Karl Jaspers und Fritz Buri: Stationen einer Begegnung“ In: Jahrbuch der Österreichischen Karl-Jaspers-Gesellschaft. 29, Wien (Studien) 2016, S. 161-179 ほか。 訳者紹介:岡田 聡(おかだ・さとし) 20200420_03_011981 年生。早稲田大学大学院文学研究科人文科学専攻哲学コース博士後期課程修了。博士(文学)。早稲田大学助手、トリーア大学留学、日本学術振興会特別研究員PD などを経て、現在、立教大学兼任講師、国士舘大学、玉川大学、大東文化大学、青山学院大学非常勤講師。 翻訳:ヴェルナー・シュスラー編『神に ついていかに語りうるか』(共訳、日本キリスト教団出版局、2018 年)、ヴェ ルナー・シュスラー『ヤスパース入門』(月曜社、2015 年)ほか。 内 容 まえがき 導入的概観 第1章 啓示と実存 第1節 理性と啓示/第2節 実存にとっての啓示 第3節 伝承と実存/第4節 神学、哲学、科学 第2章 実存にとっての神 第1節 神の存在証明の不可能性としての「神の存在証明」 第2節 祈る者にとっての人格性としての神の本質 第3節 奇跡としての創造 第4節 神義論の問題 第3章 恩寵としての実存 第1節 罪の本質 第2節 原始状態、堕罪、原罪についての教説の意味 第3節 信仰における罪人の義認 第4節 実存の選びの意識 第4章 実存のキリスト論 第1節 終末論的キリストと教義の神人 第2節 キリスト論の史実的・科学的理解と救済史的理解の限界 第3節 キリスト神話と実存の自己理解 第4節 キリスト・イエス 第5章 時間の内のキリスト教的実存 第1節 実存の神話的対象化と現実化 第2節 実存にとっての象徴としての言葉とサクラメント 第3節 共同するキリスト教的実存としての教会 第4節 実存にとっての彼岸と救済史 ブーリ略年譜 ブーリ二次文献(単行本) 訳者あとがき 編集