
四六判上製・240 頁・本体1800 円+税
ISBN978-4-909871-72-5 C0016
復活前と現在の「地平」が「融合」する
ヨハネ福音書の重奏構造を解明 !
ブルトマン、ケーゼマン、ボルンカム……錚そうそう々たる聖書学の権威による解釈でも完全に見落とされてきたのが、イエスの全時性とヨハネ共同体に吹き渡っていた聖霊(パラクレートス)の息吹への気づきだった ―。この視座から捉え直して見えてくる新たな「地平の融合」とは
主な目次
私のヨハネ研究 ― 序にかえて
マックス・ウェーバーの理解社会学との出会い/企業へ、そして再び研究の道へ/ヴュルツブルクへ/ミュンヘン留学/その後現在まで/本書の狙い
第一講 ブルトマン講読
Ⅰ ブルトマン『ヨハネの福音書』について/Ⅱ 講読
断章1 /断章2 八・12「私が生命の光である」への注解/断章3 三11 の「わたしたち」と「あなたがた」への注解/断章4 啓示の逆説性と隠蔽性/断章5 イエスの十字架=啓示の逆説と隠蔽性の頂点/断章6 霊によって働く教会の説教/ほか
第二講 ケーゼマン講読
Ⅰ ケーゼマン『イエスの最後の意志』について/Ⅱ 講読
断章1 受肉は永遠の「ことば」(ロゴス)が地上的なものと接触するために必要最小限の舞台演出にすぎない/断章2 永遠のロゴスは折々の居場所を変えているだけであり、卑賤と崇高の逆説的結合はない/断章3 ヨハネ福音書はグノーシス主義を準備するもの、正典への採用は過誤による/断章4 「信じられる信仰」(fides quae creditur)が「信じる信仰」(fides qua creditur)に先立つ/断章5 「人の子」に対する「暴力的な解釈変更」/ほか
第三講 ボルンカム講読
Ⅰ ボルンカム「ヨハネ福音書の解釈に寄せて ―ケーゼマン『イエスの最後の意志』との討論」について/
Ⅱ 講読 1 告別説教の意義/ 2 ヨハネと伝承/
Ⅲ ケーゼマンのボルンカムヘの反論
第四講/第五講 ガダマー講読(1)(2)
Ⅰ ガダマー『真理と方法 Ⅱ ― 哲学的解釈学の要綱』について
Ⅱ 講読
断章1 技法としての解釈学/断章2 理解の存在論的構造契機としての「循環」断章3 理解の循環構造/断章4 理解の条件としての先入見と伝承(伝統)/断章5 過去と現在の間の「隔たり」に架橋する/ほか
第六講 イエス伝承に対するヨハネの解釈と「地平の融合」
教会論的二元論による意味反省/現在と未来の弁証法的緊張/二重の視線/「地平の融合」/ほか
第七講 告別説教における「地平の融合」
Ⅰ 共観福音書との対観 場面A:場所の準備と着席/場面B:ユダの裏切りの予告/場面C:聖餐式の制定/ほか
第八講 ヨハネ福音書全体における「地平の融合」と「全時的」人の子
Ⅰ 第六 ― 七講を振り返って/Ⅱ 全時的「人の子」/Ⅲ むすび ― 神学と体験の不可分
注/あとがき/引照箇所索引/研究者名索引
著者紹介 大貫 隆(おおぬき・たかし)
1945 年静岡県浜松市生まれ。1968 年一橋大学卒業、1972 年東京大学大学院人文科学研究科西洋古典学専攻修士課程修了、1979 年ミュンヘン大学神学部修了・神学博士、1980 年東京大学大学院博士課程(前記)単位取得退学、東京女子大学専任講師、1991 年東京大学教養学部助教授、2009年同名誉教授、自由学園最高学部長(—2014 年)。
主な著作:『世の光イエス ― ヨハネ福音書のイエス・キリスト』、講談社、1984 年(改訂増補版:日本基督教団出版局、1996 年)、『福音書と伝記文学』、岩波書店、1996 年、『ロゴスとソフィア — ヨハネ福音書からグノーシスと初期教父への道』、教文館、2001 年、『聖書の読み方』、岩波新書、2010 年、『終末論の系譜 ― 初期ユダヤ教からグノーシスまで』、筑摩書房、2019 年、『イエスの「神の国」のイメージ ― ユダヤ主義キリスト教への影響史』、教文館、2021 年. 著訳書多数。