四六版上製・352頁・2500円+税
ISBN 978-4-909871-88-6 C0016
拾遺(しゅうい)
—今まで漏れ落ちていたものを拾い集めて補うこと。
これほど似つかわしい言葉があろうか。
グノーシス主義の探究は新約聖書研究にとって不可欠・不可分の関係にあるとの信念から日本のグノーシス研究を長く牽引してきた著者が、ナグ・ハマディ文書の全体像からH・ヨナスの労作『グノーシスと古代末期の精神』までを改めてつぶさに逍遙し、グノーシス研究の道行きに散りばめられていた智の欠片を拾い集めた待望の書。
重要なのは、その神々の頂点にいる至高神が、たとえどのような名前で表記されようと、実は人間のもともとの本来の在り方を指す別名であることを見抜くことである。グノーシス神話は絶対的な人間至上主義にほかならない。人間こそが至高神であれば、それを超えるものは何もない。グノーシス神話の謎を解く鍵はただ一つ、どうして人間は至高の神の一部でありながら、間違った居場所へやってきてしまったのか? そもそも間違った場所とは何のことなのか? この一点から読むことである。 (本文より)
主な目次
はじめに
凡例
Ⅰ 私のグノーシス研究 ―― 序にかえて
1 修学時代(1970 ― 1980年)
1 ― 1 荒井献ゼミ(1970 ― 1974年)
1 ― 2 ドイツ留学(1974 ― 1979年)
ヴュルツブルク大学(1974 ― 1976年)
ミュンヘン大学(1976 ― 1979年)
2 ナグ・ハマディ文書の翻訳
2 ― 1 私訳の蓄積
2 ― 2 『ナグ・ハマディ文書 Ⅰ ― Ⅳ』(1997 ― 1998年)の刊行
3 『グノーシスの神話』と論文集の刊行
3 ― 1 『グノーシスの神話』(1999年)
3 ― 2 『グノーシス考』(2000年)
3 ― 3 『ロゴスとソフィア―― ヨハネ福音書からグノーシスと初期教父への道』(2001年)
3 ― 4 『グノーシス 陰の精神史』と『グノーシス 異端と近代』(編著2001年)
4 歴史的心理学からグノーシスの政治学へ(2007 ― 2010年)
4 ― 1 歴史的心理学
4 ― 2 『グノーシス「妬み」の政治学』(2008年)
5 『グノーシスの変容』(編訳2010年)
6 ハンス・ヨナス『グノーシスと古代末期の精神Ⅰ ― Ⅱ』の翻訳(2015年)
7 エイレナイオスとヒッポリュトスの原典訳(2017 ― 2019年)
8 八木 ― 荒井論争を超えて ― 結びにかえて
9 本書の収録論考について
Ⅱ 『三部の教え』(NHC I,5)の三層原理
Ⅰ はじめに
Ⅱ 「プレーローマ」の中の三層構造
1 「父性のプレーローマ」
2 「父」・「御子」・「アイオーンたちの教会」の三層構造
3 「プレーローマ(アイオーンたち)の教会」内部の三層構造
4 まとめ
Ⅲ 最大規模の三層構造 ―― 「上のプレーローマ」・「ロゴスのプレーローマ」・「経綸」の成立
1 「物質的な者たち」
2 「心魂的な者たち」
3 「ロゴスのプレーローマ」と「霊的な者たち」
Ⅳ 中間規模の三層構造 ―― 「霊的な者たち」・「心魂的な者たち」・「物質的な者たち」について
1 「心魂的な者たち」と「物質的な者たち」の位階制
2 「心魂的な者たち」の内部の位階
3 最下位の「経綸」について
Ⅴ 最下位の三層構造 ― 「霊的秩序」・「心魂的秩序」・「奴隷の秩序」
1 「奴隷の秩序」
2 「物質的な者たち」の中に下降した「霊的秩序」
3 「物質的な者たち」の中に下降した「心魂的秩序」
Ⅵ まとめ
Ⅲ トマス福音書語録七七とグノーシス主義のアニミズム―― ナグ・ハマディ文書の中のマニ教的なもの
Ⅰ 問題提起
Ⅱ 「汎キリスト論」的再解釈は何時行われたのか
Ⅲ トマス・コプト語訳者の「汎キリスト論」の中身
1 シリア・エジプト(=西方)型の場合
2 マニ教(=東方型)の場合
A マニ教におけるアニミズムの成立根拠
B マニ教のアニミズムについての証言
C 語録七七のマニ教的読解の可能性
D 「マニ教以前」か「マニ教以後」か
Ⅳ コプト語トマス福音書の神話論的統一性の問題 ― 結びにかえて
Ⅳ ストアの情念論とグノーシス ― ヨハネのアポクリュフォン § 51―54(NHC Ⅱ)における反ストア的編集について
Ⅰ 本文の翻訳と問題設定
Ⅱ 本文(§ 51―54)に関する文献学的分析
Ⅲ 古ストア学派の情念論
Ⅳ 古ストア学派の情念論の影響史
Ⅴ 『ヨハネのアポクリュフォン』§ 51―54の情念論 ― むすび
Ⅴ グノーシスの変容 ―― 物語論から体験論へ
はじめに
Ⅰ ハンス・ヨナスの所説
Ⅱ 留保と修正
Ⅲ 『ゾーストリアノス』(NHC VIII, 1)
1 写本と内容について
2 「私にとっての実行可能性」 ― 存在論的行為としての覚知
3 啓示の内容 ― 存在論
4 神話から「存在の純粋な内在的法則」へ
Ⅳ プロティノスの批難
1 ポルピュリオスが証言する『ゾーストリアノス』
2 プロティノスは『ゾーストリアノス』の何を拒絶するのか
Ⅴ 魔術文書における「呪文」
Ⅵ 神秘主義的グノーシスと「異言」(グロッソラリア)
Ⅶ むすび
Ⅵ ハンス・ヨナス『グノーシスと古代末期の精神』を読む
はじめに
Ⅰ ヨナスを翻訳しての最大の発見
Ⅱ ヨナスを読みながら抱いて来た最大の疑問
Ⅲ バシリデース派の例外性
Ⅳ まとめ
Ⅴ 山本巍氏のコメントへの応答
研究者名索引
引照箇所索引
あとがき
著者略歴
大貫 隆(おおぬき・たかし)
1945年静岡県浜松市生まれ。1968年一橋大学卒業、1972年東京大学大学院人文科学研究科西洋古典学専攻修士課程修了、1979年ミュンヘン大学神学部修了・神学博士、1980年東京大学大学院博士課程(前記)単位取得退学、東京女子大学専任講師、1991年東京大学教養学部助教授、2009年同名誉教授、自由学園最高学部長(― 2014年)。
主な著作:『世の光イエス ― ヨハネ福音書のイエス・キリスト』、講談社、1984年(改訂増補版:日本基督教団出版局、1996年)、『グノーシスの神話』岩波書店、1999年(講談社学術文庫2014年)、『グノーシス考』岩波書店、2000年、『ロゴスとソフィア ― ヨハネ福音書からグノーシスと初期教父への道』教文館、2001年、『グノーシス「妬み」の政治学』岩波書店、2008年、『終末論の系譜 ― 初期ユダヤ教からグノーシスまで』筑摩書房、2019年、『イエスの「神の国」のイメージ ― ユダヤ主義キリスト教への影響史』、教文館、2021年、『ヨハネ福音書解釈の根本問題 ― ブルトマン学派とガダマーを読む』ヨベル、2022年、他多数
外国語著作:Gemeinde und Welt im Johannesevangelium. Ein Beitrag zur Frage nach der theologischen und pragamatischen Funktion des johanneischen “Dualismus”, Neukirchen-Vluyn 1984; Gnosis und Stoa, Eine Unterrsuchung zum Apokryphon des Johannes(NTOA9), Göttingen/Freiburg(Schweiz),1989; Heil und Erlösung. Studien zum Neuen Testament und zur Gnosis, Tübingen 2004; Jesus. Geschichte und Gegenwart, Neukirchen-Vluyn, 2006; Neid und Politik. Eine neue Lektüre des gnostischen Mythos, Göttingen 2011.
編訳書:ハンス・ヨナス『グノーシスと古代末期の精神I、II』、ぷねうま舎、2015年(2016年度日本翻訳文化賞)、『新約聖書外典 ナグ・ハマディ文書抄』、岩波文庫、2022年、ゲルト・タイセン『新約聖書のポリフォニー 新しい非神話論化のために』、教文館、2022年、他多数